善通寺詫間線の吉原公民館の交差点を南に入り案内表示に従って進むと、四国八十八箇所霊場第72番札所の曼荼羅寺があります。曼荼羅寺は我拝師山延命院(がはいしさんえんめいいん)と称され、創建は四国霊場の中でも最古に属する飛鳥時代の推古4(596)年。最初は弘法大師空海の一族である讃岐の領主佐伯家の氏寺として 世坂寺(よさかでら)と呼ばれていました。
その後、唐から帰った弘法大師空海は、父の菩提寺として善通寺を建立。続いて母・ 玉依御前(たまよりごぜん)の菩提寺としてこの寺を建立したと伝えられています。その後、荒れ果てた寺は康平5(1062)年頃から旅の僧によって修復されましたが、室町時代末期に兵火で再び焼失。文禄(1592~1596)年間に丸亀藩主生駒氏の家老が修復し、貞享9(1692)年に本堂が再建されました。現在の本堂は、明治19(1886)年の改築によるものです。
1,500坪を超える敷地には、本堂、大師堂、護摩堂、観音堂などが建ち並んでいます。本尊は大日如来。観音堂にまつられた聖観音立像は県の指定文化財です。
境内には空海のお手植えの不老松と呼ばれる樹齢1,200年を超える笠松がありました。県の自然記念物にも指定され親しまれていましたが、平成13(2001)年秋から平成14(2002)年春にかけて、松くい虫の被害で枯れてしまいました。現在はその不老松の幹に空海を刻んだ「笠松大師」が安置されています。
そのほかにも境内には、西行法師が昼寝をした「西行の昼寝石」や西行が笠をかけたという「笠掛桜」があり、また遍路道標を最初に建てたという真念の「しるべ石」も移設されています。
曼荼羅寺の見どころ
聖観音立像
観音堂に安置されており、158cmの檜一木造りで端麗な佇まい。平安後期の作。香川県有形文化財。四国88カ所記念切手にこの仏様のお顔が描かれています。
笠松大師
笠松と呼ばれていた「不老松」の幹に刻んだ弘法大師座像。お遍路さんは笠松大師をさすっては在りし日の姿を偲んでいます。
西行の昼寝石
平安時代末期の歌僧・西行がこの寺に通っては昼寝をしていたという石。
曼荼羅寺の年中行事
永代経土砂加持法要
日時:春の彼岸入り日(3月18日または17日)
星祭り祈祷
日時:冬至、大晦日、節分